河喜田さんと佐和紀さん

『河喜田さんと佐和紀さん』

「こんなところで、なにを」
河喜田が思わず声を掛けてしまったのは、刑事の習性が理由じゃない。
缶ジュースとタバコを手にして、繁華街のガードレールに腰を預けている男は、眼鏡の奥の瞳を細めた。
「パチスロ。全然、かかんないから、腹立ってきて……休憩」
花のようなかんばせからはまるで想像できないことを言う。和服姿だが、チンピラだ。なのに、タバコと缶ジュースを取り上げれば、背筋がスッと伸びた美形に早変わりだ。
不思議な男だった。
「岩下に言えば、操作ぐらいできるだろう」
「それじゃ、おもしろくないだろ。まぁ、金があり過ぎるからギャンブルしても意味ないんだけど」
タバコをスパーッと吸った岩下佐和紀は、しどけない仕草で自分の首筋を撫でた。ちらりと河喜田を見る。
「ねぇ、刑事さん。あんた、周平と寝てたの?」
聞かれた方がたじろぐほどの、どストレートな剛速球だ。
「寝てたんじゃない。犯されたんだ。みんながみんな、あんたの旦那に惚れているわけじゃない」
「……そうなんだ。てっきり、そうだと思ってた」
「勘違いだ」
フルオーダーメイドのスリーピースに身を包んだ河喜田は、佐和紀を見下ろした。相手の視線は河喜田の後ろへ向けられる。
「あああ、河喜田、さん……なに、してるんスか」
声と共に駆け寄ってきたのは岩下の舎弟の一人、三井だ。
とってつけたように『さん』をつけ、迷惑そうな顔を隠そうともしない。
「職質だ」
「やめてくださいよ。着物着て、タバコ吸ってるだけだ」
三井が佐和紀を守る。忠実な番犬だ。バカに見えて、真実、学のないバカだが躾は行き届いている。
「こういうのをフラフラさせるな。それだけで街の風紀が乱れる」
「ひっでーなぁ」
三井が苦笑いするのを見て、河喜田は佐和紀に向き直った。出し抜けに言う。
「俺はドMなんだ」
「え?」
「いじめられると興奮する。特に、自分よりバカな人間に罵られるとたまらない気分だ」
「……それ、いま打ち明けることじゃないでしょー……」
三井がため息をついた。
「仕事に戻ってくださいよ、刑事さん」
岩下に命じられはしたが、河喜田を責めきれなかったのは三井だ。そのくせ、組では若手への仕置きを担当しているというからバカはやっぱり役に立たない。
「へー、じゃあ、俺が苛めてあげよっか」
足先に引っかけた草履を揺らして佐和紀が言う。
「なに言ってんだよ、姐さんまで……バカか」
「だからだろ?」
「言いつけるぞ、アニキに」
「なんでだよ。それも浮気か? 違うだろ」
「浮気だっつーの。冗談ばっかり言うなよ。よく首に縄かけてヤるんだぞ」
「え? なに?」
「……聞こえてんだろーが」
「マジで?」
佐和紀が目を丸くして見つめてくる。河喜田は肯定も否定もしなかった。
「俺にはそんな趣味ないから、苦痛だった……」
ぼやく三井はそれをやらされたのだ。そして結局は、泣きごとを言って役をおりた。やはり一番上手かったのは、岩下だ。
犬のように這いつくばった格好で、きつく締められた首の縄を引きながら罵られた。しばらく消えなかった縄の痕を見るたび、激しく興奮したのだ。
「あんたは出来そうだ」
三井が佐和紀に言う。河喜田は軽く笑い飛ばした。
「どうかな。泣かされている方なんだろう」
「それはさ、相手が周平だからだよ。俺が首に縄つけて引いてやろうか」
面白がっている目に見られ、河喜田は胸に乾きを覚える。
性癖ゆえに、誰が好みのSッ気を持っているかを河喜田は嗅ぎ分けることが出来る。佐和紀はそのセンサーに引っかかった。
「余計なお世話だ」
そう言い残して、河喜田はその場を離れた。
岩下が相手だからおとなしく抱かれているのだろうが、あれはいいSの瞳をしている。容赦なく荒縄を締め上げ、辛辣な言葉で罵ってくれるだろう。
ふるっとからだが震え、下腹が重くなる。
自分でも気づかなかった性癖を見つけ出したのは岩下だ。見透かされ仕込まれ、欲のふたは開いた。いまでは縄という言葉を見聞きするだけで自慰に耽りたくなる。
欲望をかっちりとしたスリーピースの奥に隠し、河喜田は一度だけ佐和紀を振り向いた。

★河喜田はちょっとしたアクセントで出しておいて、スピンオフを書こうと思っていたのですが…。なかなか実現せずです。
周平に性癖を開花させられてしまった、表面Sの実は淫乱ドMっ子という人です。あんまり佐和紀に近づくと、確実に飼い犬にされてしまうと思うので、「逃げて!河喜田さん!」です。